> 進学圧力の一部は新制の専門学校が担うようになった。紛争を封じこめる狙いもあって,大学の大都市圏での拡張は制限され,郊外移転や地方設置が推進された。 なるほどね〜。 これで総合大は郊外へ、ユニバーシティが首都圏内に構築されなくなって私立単科大学が乱立していく流れになるのか…。

@o_ob

>また工業化も,計画性がもてる重工業中心の時代から,脱工業化,情報化,サービス産業化と言われる新段階に突入し,新興の産業部門への対応,国際化,生涯教育体系への移行が大学改革の主要な課題となってきた。その中で,大学の組織形態を一新する新構想大学群がつくられ,私大への経常費補助

@o_ob

> その過程で旧制専門学校の地位を期待されながら創設された高等専門学校はほとんどが国立で,工業と商船という極めて限られた形で存在するのみとなった。 この展開は,しっかりとした全体像をもった大学政策の結果ではなかったこともあり,1960年代末には全国的な大学紛争の勃発という事態に直面

@o_ob

わかってるようで自分の歴史が組み込まれると見えなくなる大学改革の歴史。 1960年代、大学数を減らし旧制専門学校を復活させようとする→朝鮮戦争→アメリカの占領政策が変わり政府が所得倍増計画→日本の工業力の育成に積極的に→日本の大学はむしろ不足→私立大学が拡大 https://t.co/nX9TBLSlMT

@o_ob

もちろん他にも医歯薬系大学も神奈川県内にはたくさんあるし 臨海エリアも含めると海洋大や産技高専、それから芝浦工大のように大宮と臨海と学年で分けたり東京工科大学のように蒲田と多摩エリアに学部を分けたりもあるけど、「工科系専門教育」の需要と歴史の深みを見た… https://t.co/PlkwcnXegk

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ちょっと特殊な横浜市立大学の歴史 1871仮病院 1882(明治15)横浜商法学校 1928 横浜市立横浜商業専門学校(Y専) 1944 横浜市立医学専門学校、後の横浜医科大学と統合→1949横浜市立大 1952文理学部 1966看護学校 1995理学部 2005公立大学化 2018データサイエンス学部 https://t.co/NRWfFqUxLW

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多次元的な青山学院と青山学院大学の歴史 https://t.co/8ngmMc1r3p 工学部(機械専修・土木専修)を1950年に関東学院に合併 1965年に理工学部 1982-2002厚木キャンパス 2003年に相模原に文理融合キャンパス

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